~村上の世間話7~
~村上闲聊·第七回~
こんばんは、村上春樹です。村上RADIO。今日は恒例の「村上の世間話」をお送りします。これでシリーズ7回目、例によってあまり役に立たないお話をいろいろと持ち出します。
考えてみれば、僕が思いつく話って、だいたい世の中の役に立たないものが多いんです。現在の世界はいろんな深刻な問題をいっぱい抱えていて、そういうことにも知恵を絞らなくてはなぁと、もちろん思うのですが、僕がいくらがんばってもなかなか解決に至らないものばかりなので、この場はまあひとつ、息抜きに……という感じで、お気楽な世間話です。よろしく。
<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」
僕はよく家でパンケーキを焼きます。フライパンでひとりパンケーキを焼きながらいつも思うのですが、パンケーキとホットケーキの違いっていったい何なんでしょうね? パンケーキの素を買ってきてそれを焼いたらパンケーキで、ホットケーキの素を買ってきて焼いたらそれはホットケーキになるのか、ただそれだけのことなのか、そのへんのことが僕にはよくわかりません。いろんな人に「ホットケーキとパンケーキ、どこに違いがあるんだろう」と質問しても、それぞれ違う答えが返ってきます。もし正解をご存じの方がおられたら教えてください。大した問題じゃないし、考え出すと夜も眠れないというほどのことでもないのですが、やっぱり気になります。
大家晚上好,我是村上春树。这里是村上 RADIO。今天为大家带来惯例的“村上闲聊”。这个系列已经做到第七回了,照例要搬出各种没什么用处的话题。
仔细想想,我能想到的话题,大多对这个世界没什么用。如今的世界面临着许多严峻的问题,我当然也觉得,应该为这些事动动脑筋才行。可这些问题,无论我怎么努力,也很难解决,所以在这里,就让大家稍微喘口气……抱着这样的心情,来一场轻轻松松的闲聊吧。请多关照。
<开场曲>
唐纳德·费根《Madison Time》
我经常在家煎松饼。一个人拿着平底锅煎松饼的时候,总会想到:pancake 和 hotcake 这两种松饼,究竟有什么区别呢?难道买来 pancake 预拌粉煎出来的,就是 pancake;买来 hotcake 预拌粉煎出来的,就成了 hotcake?仅仅是这么回事吗?这一点我一直搞不明白。我问过不少人:“hotcake 和 pancake 到底有什么不同?”得到的答案却各不相同。如果有人知道正确答案,请告诉我。这倒不是什么大问题,也不至于一想起来就夜不能寐,但还是挺让人在意的。
Jazz Spectrum Compiled By Keb Darge And Bob Jones
BBE
ちょっと前に用事があってノルウェイに1週間ほど行ってきました。リレハンメルという北のほうにある、わりに小さな町に滞在していたのですが、そこにノルウェイ・パンケーキの専門店がありまして、もちろん入ってみました。ノルウェイのパンケーキってサイズが小さくて、かわいいんです。円形で直径5センチくらい。それが10個から20個くらいきれいに並んで出てきます。
僕はパンケーキ10個と、ブルーベリーとストロベリーの盛り合わせを注文して食べたのですが、これはとても美味しかったです。新鮮なベリーと、焼きたてのパンケーキってすごく合うんですね。まさかマッチングアプリで合わせたわけではないでしょうけど。みなさんもノルウェイに行く機会があったら、ぜひ試してみてください。また食べたいです。リレハンメルはウインタースポーツで有名なところですが、夏だったのでもちろん雪はなくて、高いジャンプ台は緑の夏草に囲まれて、心なしか淋しそうでした。
ソウル・ソサエティが演奏する「The Sidewinder」、リー・モーガンの作曲したジャズ・チューンが、かっこいいダンス・ミュージックに生まれ変わっています。Sidewinder、がらがら蛇のことですね。
前不久,我有事去了趟挪威,待了一个星期左右。我住在利勒哈默尔,一个位于比较靠北的地方、规模不大的小城。那里有一家挪威松饼专门店,我当然进去尝了尝。挪威的松饼个头很小,很可爱,圆圆的,直径大约五厘米。十到二十个左右,摆得整整齐齐地端上来。
我点了十个松饼,配上一份蓝莓和草莓拼盘,吃起来真是美味极了。新鲜的莓果和刚煎好的松饼,居然这么合拍。当然,它们应该不是通过交友配对软件才走到一起的吧。大家如果有机会去挪威,请务必尝尝。我还想再吃一次。利勒哈默尔以冬季运动闻名,不过当时是夏天,自然没有雪。高高的滑雪跳台被翠绿的夏草包围着,也许是我的心理作用,总觉得它显得有点寂寞。
接下来是 The Soul Society 演奏的《The Sidewinder》。李·摩根创作的这首爵士乐曲,在这里摇身一变,成了帅气的舞曲。Sidewinder,就是响尾蛇的意思。
Sings Folk Songs At Home With Jimmie Rodgers
Collectors' Choice Music
最近本屋さんに行きましたか? 僕は暇があると書店に足を運びます。そして、そこでけっこう時間を潰します。最近は新刊書の書店よりは、古本屋さんに行くことのほうが多いですけどね。懐かしい本に巡り会えるから。このあいだ古本屋さんで、大江健三郎さんの『万延元年のフットボール』の初版本と、小島信夫さんの『アメリカン・スクール』の初版本をそれぞれ200円くらいで買ってきました。まあ、あまりきれいな状態の本じゃないですけど、いちおう初版なので押さえておこうかと。値段もめちゃめちゃ安いし。
実を言いますと、僕は『万延元年のフットボール』、まだ読み通したことないんです。良い機会だからがんばって読まなくちゃ。しかし、そういえば三島由紀夫の『金閣寺』も、太宰治の『斜陽』も、志賀直哉の『暗夜行路』もまだ読んでないしなあ。川端康成もほとんど読んでないし、夏目漱石の『こころ』は途中で放棄したし……もう45年も小説家をやっていて、そんな怠惰なことでいいんでしょうかね? いいような気もするし、よくないような気もするし……。でもまあ、しょうがないですよね。限りある人生だし、何もかも満遍(まんべん)なくカバーすることはできません。でもそのかわり、好きな本は何度も何度も読み返していますよ。
ジミー・ロジャーズの歌う『エバーグリーン・ツリー』を聴いてください。この歌、日本ではクリフ・リチャード&ザ・シャドウズの盤でそこそこヒットしましたが、ファースト・リリースはこちらみたいですね。ジミー・ロジャーズ、中学生の頃よく聴きました。懐かしいです。
大家最近去过书店吗?我一有空就会去书店,而且会在那里消磨不少时间。不过,最近比起卖新书的书店,我更常去旧书店,因为能在那里碰到让人怀念的书。前些日子,我在旧书店买到了大江健三郎《万延元年的足球队》的初版本,以及小岛信夫《美国学校》的初版本,每本大约两百日元。虽然品相都不算太好,但毕竟是初版,就想着先收下来吧,价格又便宜得不得了。
说实话,《万延元年的足球队》我还没有从头到尾读完过。正好趁这个机会,得加把劲读一读才行。不过,说起来,三岛由纪夫的《金阁寺》、太宰治的《斜阳》、志贺直哉的《暗夜行路》,我也都还没读呢。川端康成的作品几乎没怎么读过,夏目漱石的《心》则读到一半就放弃了……都已经当了四十五年小说家,这么懒散真的好吗?好像也没什么不好,又好像不太好……不过,也没办法呀。人生有限,不可能面面俱到,什么都读。可作为补偿,喜欢的书,我倒是读了一遍又一遍。
请听吉米·罗杰斯演唱的《Evergreen Tree》。这首歌在日本,由克里夫·理查德与影子乐队演唱的唱片曾经颇为流行,不过最早发行的似乎是这里这个版本。我上初中的时候经常听吉米·罗杰斯,真让人怀念。
Underdog/The Boys From Doraville
BGO Records
日本の書店に行って、よく不思議に思うのですが、「男性作家」と「女性作家」のコーナーに分かれている書店がありますよね。あれ、どうしてでしょうね? 外国では、僕がこれまで見た限り、ほとんどの書店でそういう区別はなされていません。男女一緒くたにラストネームのアルファベット順に並んでいます。だから僕の本はだいたいの場合「アリス・マンロー」さんのあとに位置しています。光栄なことですね。
日本においては、女性読者は主に女性作家の書いた本を読むし、男性読者は主に男性作家の書いた本を読む、そういう風潮があるので、書棚も男女に分かれていた方が本を探しやすいから、ということなのでしょうか? でもそういうのって、僕は思うんだけど、ちょっと傾向が偏りすぎていて、心淋しいですよね。男性読者も女性作家のものを手に取り、女性読者も男性作家のものを手に取り、そうやってお互いの意識や感覚を理解し合うことで、世の中は比較的まったり進んでくのではないかと思います。
僕の場合、僕の書いた本の読者って、だいたい男女半々なんです。出版社によってはそういう調査をするのですが、どの調査を見てもだいたい半々です。これは外国でもまったく同じで、これまでいろんな国でサイン会みたいなのをやりましたが、やって来る読者は本当にきれいに男女半々です。そして年齢的にも、若い人から高齢の方までいちおう満遍(まんべん)なく揃っています。これは僕にとっては何より嬉しいことです。ああ、僕は世の中とこうしてムラなく繋がっているんだなあと思います。
というわけで、僕の本が日本の書店の「男性作家」の棚に並んでいると、男女別学の教室に入れられたみたいで、なんか楽しくないです。でも、そんなことを気にするのは僕くらいなのでしょうかね。
アトランタ・リズム・セクションが歌います。「Next Year's Rock & Roll」、このギターの刻みが個人的になんか好きなんです。雰囲気がこのバンドの前身の「クラシックス・フォー」譲りっていうかね。
我去日本的书店时,经常觉得有一件事很奇怪:有些书店会划分“男作家”和“女作家”专区,对吧?这是为什么呢?在国外,就我迄今所见,绝大多数书店都不做这种区分。男女作家的书放在一起,按照姓氏的字母顺序排列。所以,我的书通常会排在艾丽丝·门罗女士的后面,真是荣幸啊。
难道是因为在日本,女读者主要读女作家写的书,男读者主要读男作家写的书,有这样的风气,所以把书架也按男女分开,会更方便找书吗?可是我觉得,这样是不是太过偏向一边,让人有点寂寞呢。男读者也拿起女作家的作品,女读者也拿起男作家的作品,通过这样的阅读,彼此理解对方的意识和感受,这个世界或许就能比较平和、从容地运转下去吧。
拿我来说,读我写的书的人,男女大致各占一半。有些出版社会做这方面的调查,无论看哪一份调查,结果都差不多是各占一半。在国外也完全一样。我曾在不少国家举办过签售会之类的活动,前来的读者真的恰好是男女各半。而且年龄上,从年轻人到年长者,也大体都有。这对我来说,是再高兴不过的事了。我会想:“啊,原来我正这样均衡地与这个世界保持着联系。”
所以,当我的书被摆在日本书店的“男作家”书架上时,我就像被塞进了男女分校的教室,总觉得不怎么开心。不过,会在意这种事的,难道只有我一个人吗?
接下来,亚特兰大节奏组乐队(Atlanta Rhythm Section)演唱《Next Year's Rock & Roll》。我个人不知为什么,很喜欢这里吉他一下一下打出的节奏。那种氛围,可以说是继承了这支乐队的前身 Classics IV 的味道吧。
Beach Samba
Verve Records
フランソワ・トリュフォーの映画に「恋愛日記」というのがあるんですが、ご覧になったことありますか? とてもユニークで面白い映画です。女性の脚に異様に惹かれる男の話で、街を歩いていて、フレア・スカートが風に揺れて女性の美しい脚がちらりと見えると、彼はあっという間に恋に落ちてしまいます。そして熱く口説きまくる。トリュフォーの自伝的色彩の濃い話だと言われていますけど。
この映画は、そのスカートの揺れ方、脚の見え方の描写、撮影が実にうまいんです。この映画を観て以来僕は、パリの女性のスカートの着こなし方ってほんとに素敵だなと思うようになりました。そして実際にパリに行って、確かにそうだなと自分の目で確認しました。恋にまでは落ちませんでしたけど。
しかし、この間久しぶりにパリを訪れて、街に出てびっくりしたのですが、最近のパリの女性ってほとんどスカートをはいていないんですね。だいたいみんなパンツスタイルです。いったいパリの女性に何が起こったんだろうと思わず首をひねってしまいました。
フランスの人に「どうしてフランスの女性はスカートをはかなくなったんでしょう」と聞くと、「性犯罪を用心しているんじゃないか」とか、「たぶんフェミニズムが関係しているんだろう」とか言われました。これという定説はないみたいですが。でもスカートが風にひらりと揺れないパリの街って、なんとなく淋しいですね。トリュフォーさんが生きていたらきっと残念がることでしょう。
日本でも盗撮なんかが増えてきて、これじゃそのうちにスカートをはく女性が街から消えてしまうんじゃないかと、僕なんかはひそかに危惧しております。そういうの、やめましょうね、ほんとに。
アストラッド・ジルベルトの「ママと歌おう」を聴いてください。曲はラヴィン・スプーンフルのヒット・ソング「You Didn't Have To Be So Nice」です。日本でシングルカットされたとき、こういうタイトルになりました。
弗朗索瓦·特吕弗有一部电影叫《恋爱日记》,大家看过吗?那是一部非常独特、有趣的电影,讲的是一个格外迷恋女性双腿的男人。他走在街上,看见一条伞裙随风摆动,女性美丽的双腿若隐若现,便会在一瞬间坠入爱河,然后热情地展开追求。据说,这个故事带有浓厚的特吕弗自传色彩。
这部电影对裙摆如何摇曳、双腿如何显露的描写和拍摄,实在高明极了。自从看了这部电影,我就开始觉得,巴黎女性穿裙子的方式真是美妙。后来实际去了巴黎,亲眼确认,果然如此。不过,我倒没有因此坠入爱河。
然而,前些日子久违地再次到访巴黎,走上街头,却让我吃了一惊:如今巴黎的女性,居然几乎都不穿裙子了。大家基本上都是裤装。我不由得纳闷,巴黎的女性究竟发生了什么变化?
我问法国人:“为什么法国女性不怎么穿裙子了呢?”有人说:“也许是在防范性犯罪吧。”也有人说:“可能和女性主义有关吧。”似乎并没有一个确定的说法。不过,巴黎的街头,如果没有随风轻轻飘动的裙摆,总觉得有点寂寞。如果特吕弗先生还在世,一定也会感到遗憾吧。
日本的偷拍行为也越来越多,照这样下去,会不会有一天,街上再也看不到穿裙子的女性了呢?我心里也在暗暗担忧。那些事情,真的就别再做了。
请听阿斯特鲁德·吉尔贝托演唱的《和妈妈一起唱吧》。曲子其实是 The Lovin' Spoonful 的热门歌曲《You Didn't Have To Be So Nice》,在日本作为单曲发行时,取了这样一个名字。
パパと踊ろうよ / わたしの天国
Angel Records
さて、話はがらりと変わりますがーー話ががらりと変わるのがこのシリーズの特色なんですけどーー皆さんは警察官に職務質問って受けた経験はありますか? 僕はもっと若い頃、街を歩いていると、しばしば警察官に呼び止められました。当時の僕はきっと人相風体がかなりあやしかったんでしょうね。髪も長かったし、身なりもよれていたし。最近はさすがに歳を取って、人生がそれなりに落ち着いてきたせいか、外見も穏やかになり、おまわりさんに目をつけられることもなくなって、うーん、ちょっと淋しいかもな……というようなことはありません。そんなの、ないほうがもちろん楽でいいです。
職務質問では、だいたい「かばんの中身を見せていただけませんか」と言われます。爆弾とか隠しているんじゃないか、と。あるとき、飼っていた猫をかばんに入れて運んでいました。猫が怪我をしたので、近所の獣医さんのところに持っていこうとしていました。で、「かばんの中は猫ですけど」と言うと、警官は怪訝(けげん)な顔をして「ちょっと見せてください」と言うので、「いいですよ」とファスナーを開けたら、中から猫がニャアと鳴いて顔を出して、警官も「あ、猫だ」と納得してくれました。だから最初から「猫だ」って言ってるんだけどね。
さきほどは「ママと歌おう」をかけたので、今度は「パパと踊ろうよ」をいきます。親子ものの連続ですね。まあ、とくに意味はないんですけど……。娘さんとワルツを踊るのはアンドレ・クラヴォーです。
好了,话题突然一转——话题总是突然转向,正是这个系列的特色——大家有没有被警察盘查过的经历?我更年轻的时候,走在街上,经常被警察叫住。那时我的长相和打扮,想必相当可疑吧:头发很长,衣着也皱巴巴的。如今毕竟上了年纪,也许是生活逐渐安定下来的缘故,外表也变得温和,不再被警察盯上了。嗯,似乎还有那么一点寂寞……才没有这种事呢。当然还是没有这些事更轻松、更好。
盘查时,通常会被问:“能让我们看一下包里的东西吗?”大概是怀疑我藏了炸弹之类的东西吧。有一次,我把家里养的猫装进包里带着走。猫受了伤,我正要带它去附近的兽医那里。我说:“包里是猫。”警察一脸疑惑,说:“请让我看一下。”我说:“可以啊。”拉开拉链,猫便喵地叫了一声,从里面探出头来。警察这才点头认可:“啊,是猫啊。”所以嘛,我一开始就说了是猫呀。
刚才放了《和妈妈一起唱吧》,这回就来一首《和爸爸跳舞吧》。连续两首都是亲子题材呢。倒也没有什么特别的意思……和女儿一起跳华尔兹的是安德烈·克拉沃。
Only The Strong Survive
Columbia
職務質問の話の続きですが、あるときは古本屋さんに本をまとめて売りに行こうと思って、鞄に本を入れて道を歩いていたのですが、若い警官に呼び止められて、例によって「中を見せてください」と言われて、そのときは「いやだ。見せたくない」とはっきり言いました。何度も呼び止められていい加減うんざりしていたし、そうしなくてはならない正当な根拠が示されない限り、市民には所持品検査を拒否する法的権利がありますから。そうしたらその警官は少し迷ってから「じゃあ、ちょっと重さだけ量らせてもらっていいですか? 中身は見ませんから」と言うので、「ああ、いいですよ。重さを量るだけなら」と僕は言いました。
その警官は本を詰めたかばんを手に持って、真剣な顔つきでしばらくじっとその重さを量っていました。そして結局「わかりました。けっこうです」ということになったんだけど、しかし本の重さと、たとえば爆弾の重さの違いって、手に持っただけでわかるんでしょうかね? 本もかなり重かったと思うんだけど。今でもそのへんが疑問として残っています。長く生きているといろんなことがあります。
ブルース・スプリングスティーンが「Only The Strong Survive」を歌います。ジェリー・バトラーの1968年のヒット・ソングですね。さすがボス、思い切り素敵なカバーです。
接着说被盘查的事。有一次,我打算把一批书拿到旧书店去卖,便把书装进包里,走在路上。一个年轻警察叫住了我,照例说:“请让我看一下里面。”那一次,我明确回答:“不行,我不想给你看。”因为反复被叫住,我已经烦透了;而且,在没有说明必须进行检查的正当依据时,市民在法律上有权拒绝检查随身物品。那名警察犹豫了一会儿,说:“那能让我稍微掂一下重量吗?我不看里面。”于是我说:“啊,可以。只是掂掂重量的话。”
那名警察把装满书的包提在手里,一脸认真地静静掂量了好一会儿,最后说:“明白了,可以了。”可是,仅仅拿在手里,就能分辨出书的重量和比如说炸弹的重量有什么区别吗?我记得那些书也相当重呢。直到现在,这一点仍让我感到疑惑。活得久了,真是什么事都会遇到。
接下来,布鲁斯·斯普林斯汀演唱《Only The Strong Survive》。这是杰里·巴特勒在 1968 年的热门歌曲。不愧是“Boss”,这个翻唱版本真是棒极了。
Don McLean Sings Marty Robbins
relentless nashville
また話はがらりと変わりますが、ギリシャにハルキ島という島があります。そこはいったいどんな島なんだろうと思って、好奇心で実際に足を運んでみました。暇だったんですね。その経緯はたしか『遠い太鼓』という旅行記に書いたので、詳しいことは省きますが、なかなかのんびりとした鄙(ひな)びた素敵な島でした。ほんとになにもないところで。
それからこのあいだ初めて知ったのですが、この地上にかつてハルキゲニアという生き物が存在していたんです。ビル・ブライソンの書いた『人類が知っていることすべての短い歴史』という本に出ていました。これはとっても面白い本なので、もしお暇だったら読んでみてください。暇つぶしには最適です。
ハルキゲニアというのは、カンブリア紀に登場したへんてこな、虫みたいな生き物の名前です。カンブリア紀はだいたい4億年から5億年くらい前のことですから、気候が温暖化したこの時期には、ものすごくたくさんの新しい生物が地球に登場しました。その中には「なんでこんなへんてこなものが」というものが数多くありまして、そういう連中はあまりにもへんてこすぎて、試作品みたいな感じですぐ淘汰されていなくなってしまったのですが、少しは化石になって残っています。そういうもののひとつに「ハルキゲニア」がいます。ハルキゲニアは体長1センチから5センチ、竹馬のような10対のすごく長い脚と、7対のとがった棘(とげ)を持っています。絵で見ると結構気味の悪い生き物です。こんなけったいなやつにハルキって名前がついちゃうのかなあ……と感心してしまいます。
ハルキというのは英語でいう「hallucination(幻覚)」の語源で、ハルキゲニアは「幻覚から産み出されたような奇怪な生き物」という意味になります。知っていてもあまり役に立ちそうにない知識ですが。
ドン・マクリーンが、カントリー歌手マーティー・ロビンズの作曲した「You Gave Me A Mountain」を歌います。あなたは山のように大きなものをくれた。素晴らしい曲なのですが、ロビンズ自身の歌ったレコードはほとんど注目されなくて、後にフランキー・レインとエルヴィス・プレスリーのカバーしたバージョンがヒットしました。ロビンズさん、気の毒です。
话题又要突然一转了。希腊有一座哈尔基岛,日语读作 Haruki。我很好奇,这到底是个什么样的岛呢?于是就真的跑去看了看。当时挺闲的嘛。那段经历,我记得写在了游记《远方的鼓声》里,细节就略过了。那是一个悠闲、古朴而美好的小岛,真的是个什么都没有的地方。〔译注:“春树”的日语读音也是 Haruki。〕
还有一件事,是我前些日子才知道的:这个世界上曾经存在过一种名叫怪诞虫(Hallucigenia)的生物,日语读作 Harukigenia。我是在比尔·布莱森写的《万物简史》里读到的。这是一本非常有趣的书,大家有空的话,不妨读一读,用来消磨时间再合适不过了。
怪诞虫,是一种出现在寒武纪、长得古里古怪、像虫子一样的生物的名字。寒武纪大约是四到五亿年前的事,在那个气候变暖的时期,地球上出现了数量惊人的新生物。其中有不少会让人不禁发问:“怎么会有这么奇怪的东西?”这些家伙实在太古怪了,仿佛试制品一般,很快就被淘汰,消失不见,但也有少量化石保留下来。“怪诞虫”就是其中之一。怪诞虫体长一到五厘米,有十对像高跷一样特别长的腿,以及七对尖刺。看图画,会觉得这种生物相当瘆人。这么个奇奇怪怪的家伙,名字里怎么偏偏也带上了“Haruki”呢……真叫人感叹。
Haruki 是英语 hallucination(幻觉)一词的词源,而 Harukigenia 的意思,就是“仿佛从幻觉中诞生的奇异生物”。虽然是些即使知道了,也似乎派不上什么用场的知识。
接下来,唐·麦克林演唱乡村歌手马蒂·罗宾斯创作的《You Gave Me A Mountain》,也就是“你给了我一座山一般庞大的东西”。这是一首很出色的歌,但罗宾斯亲自演唱的唱片几乎没有引起注意,后来弗兰基·莱恩和埃尔维斯·普雷斯利翻唱的版本却成了热门。罗宾斯先生真是有点可怜啊。
名前の話の続きですが、村上春樹というのは僕の本名です。親につけられた名前です。まさか職業作家になるとは思ってもみなかったので、ペンネームのことは考えもしませんでした。本名で原稿を応募して、それが文芸誌の新人賞をとって、わけのわからないうちにそのまま作家になってしまいました。今となっては後悔しています。ペンネームにしときゃよかったなあ、と。
正直言って、本名でものを書いていると、いろいろ困ることが多いんですよね。病院なんかで名前で呼ばれたりすると、まわりの人はみんなこっちをじろっと見るしね。クレジットカードにも名前がついているから、場合によってはちょっと使いにくいなあ、というときがあるし。なんか人前で裸にされた、みたいな感じがすることもあります。
でも、じゃあ村上春樹を捨てて、どんなペンネームにするかっていうと、それがなかなか思い浮かばないんですよね。猫に名前をつけるのは至難の業(わざ)だとT・S・エリオットは言ってますが、自分にペンネームをつけるのもそれに劣らず難しいです。ヒトのラジオネームだと、「堕落したラクダ」とか「牛に引かれていきなりステーキ」だとか適当なものが気軽につけられるんだけど、自分のペンネームは難しいです。だからまだしばらくは「村上春樹」でやります。『ノルウェイの森』の著者名がある日突然「幕の内弥太郎」に変わった、なんてことはまず起こりませんので、ご安心ください。
ちょっと前に免許証の更新に行って、出来上がりを待っていたのですが、しばらくしたら「ムラカミハルキさん」と呼ばれて、カウンターに取りにいったら窓口の女性に「ムラカミハルキさん、あら、同姓同名なんですね」と言われました。「ええ、そうなんですよ。ほんとに迷惑で……」とか言って逃げてきました。そういう楽しいこともたまにはありますけど。
パット・マルティーノというジャズ・ギタリストをご存じですか? 彼は1944年生まれで、15歳からプロとして活動を始め、1960年代から70年代にかけて、若手ギタリストのホープとして、ジャズの第一線で活躍しましたが、1976年に脳動脈瘤で倒れ、手術を受けてなんとか一命は取り留めたのですが、ずいぶん難しい手術だったので、記憶がそっくり失われてしまいました。回復したものの、頭が文字通り空っぽになってしまったんです。ギターの弾き方もまったく思い出せないし、過去の自分がどんな演奏をしていたかも覚えていません。
でも、長年にわたる我慢強いリハビリを経て、新しくゼロからギターを学び直し、1980年代半ばにはジャズ・ギタリストとして再起しました。僕も再起後の彼の演奏を生で聴きましたが、そりゃ素晴らしかったですよ。奇跡のギタリストと呼ばれていました。4年前に亡くなりましたが。
そのパット・マルティーノの演奏する「酒とバラの日々」を聴いてください。これは彼が病に倒れる寸前、1976年の録音です。バックはギル・ゴールドスタインのピアノ、リチャード・デイヴィスのベース、ビリー・ハートのドラムズという豪華なメンバーです。
继续说名字的事。村上春树是我的本名,是父母给我取的名字。我压根没想过自己会成为职业作家,所以连笔名的事都没考虑过。我用本名投稿,作品拿了文艺杂志的新人奖,还没弄明白是怎么回事,就这样当上了作家。事到如今,倒有点后悔了:当初要是取个笔名就好了啊。
说实话,用本名写东西,会遇到不少麻烦事。比如在医院被叫到名字时,周围的人都会朝这边盯过来。信用卡上也印着名字,所以有时会觉得,用起来不太方便。偶尔甚至有种当众被扒光了衣服的感觉。
可要说舍弃“村上春树”,另取一个什么笔名,却怎么也想不出合适的。T·S·艾略特说,给猫起名字是一件极其困难的事;给自己起笔名,难度也不遑多让。给别人起电台昵称,倒可以随随便便、轻轻松松地冒出“堕落的骆驼”啦、“被牛牵到‘突然牛排’”啦,可给自己起笔名就难了。所以,暂时还是继续用“村上春树”吧。《挪威的森林》的作者名有一天突然变成了“幕之内弥太郎”——这种事基本不会发生,大家放心。〔译注:“堕落”的日语读音 daraku 与“骆驼”的 rakuda 音节相近;第二个昵称把“被牛牵到善光寺”这一俗语的后半截,换成了牛排店名“Ikinari Steak(突然牛排)”。〕
前不久,我去换驾照,正等着领新证。过了一会儿,听见有人叫“村上春树先生”,我便走到柜台前去取。窗口的女士对我说:“村上春树先生,哎呀,您和他同名同姓呢。”我便回答:“是啊,可不是嘛,真是给我添了不少麻烦……”说着就溜走了。当然,偶尔也会遇到这样有趣的事。
大家知道帕特·马蒂诺这位爵士吉他手吗?他出生于 1944 年,十五岁起就开始以职业乐手的身份活动。在二十世纪六十年代到七十年代,他作为备受期待的年轻吉他手,活跃在爵士乐的第一线。但 1976 年,他因脑动脉瘤病倒,接受手术后总算保住了一条命。可是,那是一场十分艰难的手术,他的记忆完全丧失了。虽然身体康复,脑袋却真成了一片空白。他完全想不起吉他该怎么弹,也不记得过去的自己曾经演奏过什么样的音乐。
不过,经过多年耐心的康复训练,他从零开始重新学习吉他,到二十世纪八十年代中期,终于作为爵士吉他手重返乐坛。我也在现场听过他复出后的演奏,真是精彩极了。他被称为“奇迹的吉他手”,不过四年前已经去世了。
请听这位帕特·马蒂诺演奏的《Days Of Wine And Roses》(《酒与玫瑰的日子》)。这是 1976 年、他病倒前不久的录音。伴奏阵容十分豪华:吉尔·戈尔德斯坦弹钢琴,理查德·戴维斯演奏贝斯,比利·哈特打鼓。
The Stone Jazz
World Pacific Records
今日のクロージング音楽は、ジャズ・ギタリストのジョー・パスが演奏する「Lady Jane」。ローリング・ストーンズのヒット曲ですね。『The Stone Jazz』というというストーンズの曲ばかり集めたアルバムに入っています。ジョー・パスとストーンズ、ミスマッチみたいに思えますが、ボブ・フローレンスのしゃれたアレンジを得て、しっかり楽しめる音楽になっています。
またパンケーキの話になりますけど、パンケーキがこんがりときれいに焼きあがったときって、ものすごくハッピーな気持ちになれますよね。お皿に盛って食卓に置いて、食べちゃうのが惜しくなるほどです。そういうのってまさに「小確幸(しょうかっこう)」、小さいけど確かな幸せです。そんなことが世界平和の役に僅かでも立つかどうか、まあ、そこまでは僕にもわかりませんが。
ところで、うちには僕のパンケーキとオムレツ専用のフライパンがあって、これは他の用途には使ってはいけないことになっております。
今天的结束音乐,是爵士吉他手乔·帕斯演奏的《Lady Jane》,也就是滚石乐队的那首热门歌曲。这首曲子收录在《The Stone Jazz》里,那张专辑全部选用滚石乐队的作品。乔·帕斯和滚石乐队,乍看似乎不太搭,但有了鲍勃·弗洛伦斯别致的编曲,倒成了可以让人好好享受的音乐。
又说回松饼。松饼煎得金黄漂亮的时候,心里会感到无比幸福吧。盛到盘子里,端上餐桌,甚至都舍不得吃掉了。这正是所谓的“小确幸”——微小却确实的幸福。这样的事情能不能对世界和平起到哪怕一点点作用,嗯,这我就不知道了。
顺便说一句,我们家有一口专供我煎松饼和做欧姆蛋的平底锅,规定不准拿它作其他用途。